2019年8月2日

投資の四季(2019年8月)

6月の国際金融市場では、米10年債利回りが低下し、2016年以降で初めて2%を割り込みました。米金融当局が6月19日の連邦公開市場委員会(FOMC)終了後に利下げの用意があることを示唆したのがその背景となっています。

 

ただし、後述するように今年の金利の低下には行き過ぎの感があり、7月に入ってからは再度2%を超えるなど長期金利が下方硬直性をみせ始めています。米財政リスクプレミアム拡大の兆候と見てよいと考えています。尤も、7月末の利下げと8月1日の突然の対中関税引き上げを受けて、長期金利は再度2%を下回って推移する形となりました。

 

米財政拡大については、トランプ米大統領と与野党の議会指導部は7月22日、予算管理法に伴う連邦政府の債務上限についてはその引き上げと、2年間で歳出を3200億ドル(約34兆円)増やす予算の大枠で合意しています。米国債の債務不履行や「財政の崖」による目先の混乱は回避しましたが、新規国債の大増発は避けられない見込みです。

 

そもそも、予算管理法は08年の金融危機後に膨らんだ財政赤字を減らす狙いで制定されたものですが、ホワイトハウスと議会は米景気の悪化を避けるため、2年ごとに同法を修正して事実上骨抜きにしてきたことになります。トランプ政権下では18~19年度も歳出上限を2年で合計3000億ドル分引き上げ、20年度以降も上乗せ幅がさらに大きくなる見込みです。

 

深刻なのはその増額のプロセスにあると筆者は危惧しています。政権と議会が巨額の歳出拡大で歩み寄ったのは、20年の大統領選・連邦議会選を控え、与野党とも目先の歳出拡大を優先したためです。共和党は保守派が重視する国防費の上積みを要求し、弱者対策を重視する民主党も、雇用増につながる公共事業費や教育費など非国防費の大幅な増額を求めた結果の債務上限の引き上げ合意だからです。このため、米国財政膨張に、歯止めが利かなくなっており、中長期的には財政悪化が強く懸念されることとなりました。

 

米連邦政府の債務残高は22兆ドルに達し、CBOは5月時点でさえ、今後10年間の財政赤字の累積が9兆ドルを超すと試算しているほどです。財政膨張のツケは現在ですら重くのしかかってきており、低金利にもかかわらず利払い費は19年度時点で3900億ドルと主要国で突出しています。

 

財政拡大と債券増発懸念にもかかわらず、従来、長期金利が低水準で推移してきた理由は、中国を代表するIT企業ファーウェイ製品の国際市場からの締め出しが本格化してきたことを債券市場が悲観していたためです。大阪での首脳会談の結果は、制裁緩和の期待を裏切るもので、ファーウェイ向けにローテクの商品に限り10億ドルを上限に行ってもよいという程度のものとなっています。米中首脳会談を経てもなお、いつまで続くか見当もつかない幹部級による貿易協議に期待せざるを得ない状況が危惧されていましたが、とうとう、8月1日には対中関税が再度引き上げ(3000億ドルへの10%課税)となりました。中国製品全てへの課税は国民生活全般に物価上昇という大きな影響を与える決断となります。従来の関税引き上げとは訳が違う決断となりました。当然、国際金融市場は大きく動揺する形となり、質への逃避が示現し株式市場は急落となっています。

 

対中国以外でもアメリカは貿易戦争を拡大させており、例えば、4月9日にはアメリカが対欧州関税引き上げを提議し米欧で貿易紛争が再発しています。カウンターアタックで、7月11日にはアメリカIT企業を狙い撃ちするようにフランス議会がデジタル課税法案を通過させています。これを受けてトランプ政権は更なる制裁を考えていると公表しています。

 

欧州域内では上述のように内憂外患の状況が深刻さを増しており、EU離脱最右翼の政権が英国で誕生するに至っては、ブレグジットへの予想がハードランディングへと一層傾き、先行き不透明感が増すこととなっています。

 

更には、地政学リスクの上昇が、中東や朝鮮半島、南米に再度顕在化してきていることも市場が憂慮するところとなっています。特に、米ドローン撃墜を巡って対イランへの更なる米経済制裁が発動されることとなり、反発するイランも核濃縮作業を再開、中東情勢が緊迫の度合いを強めている状況となっています。

 

中東での戦争リスク上昇を受けて、石油タンカー運営コストは急騰しており、その分が原油調達コストにオンされていくことを鑑みた時、先進国景気へのネガティブインパクトはさけられそうにありません。

 

こうした異常事態を鑑みた場合、未だに相対的な観点から見た楽観論が市場でやや優勢なのは、米国労働市況が未だに堅調で、且つ、今後到来する世界景気後退を踏まえた中央銀行群による金融緩和への楽観論が国際金融市場のリスクオン側のムードを支えている状況となっているためです。

 

しかし、筆者が懸念するのは、米長短金利差(2年―10年カーブ)が逆転する可能性が出てきていることです。長短金利差の縮小は、金融機関の無理なリスクテークを助長して最終的には収益の悪化を招来するのが通例であり、景気後退のシグナルといわれています。

 

短期・中長期ゾーンの金利が極端に低下しており、また、一時的とはいえ、超長期金利ですらFF金利の上限である2.25%を割り込む局面もあるなど市場の行き過ぎを感じさせる動きが顕著となっています。7月、債券発行額が引き上げられたアメリカでは一層の財政膨張が想定されていますが、今後の米財政悪化を考慮すれば、超長期金利には一層の下方硬直性がでてくるであろうと考えています。

 

筆者が見ているところは、目下高値圏にあるアメリカ株式市場が、行き過ぎがはなただしい長期金利に下方硬直性がでてくることによって、株式市場が近い将来に大きな変調に見舞われるという想定となります。無論、リスクオフムードの中では一旦は長期金利が大きく低下するものの長続きはしないとみています。その後、長期金利はクレジットスプレッドのワイドニングを伴って自律反発していく方向とみているものの、株式市場の下落は「スタグフレーション懸念(物価上昇と景気後退の並走)」を伴いながら、その軟化傾向が強化されていく形となりましょう。

 

金利上昇局面での長短金利差縮小のフェーズ(夏)にいた今までの局面から、金利低下局面での長短金利差縮小のフェーズ(秋)が到来したという判断となります。この短い秋の局面ではリスクオフムードが強化されましょう。

Tadashi Tsukaguchi Official MAIL MAGAZINE