2016年8月15日

226事件とトルコクーデター未遂事件

昨今、トルコで大規模なクーデター未遂事件が勃発しました。トルコが世界に誇る、その中東随一の安定性が大きく損われつつあると言われています。欧米と最も近い価値観を有すると言われてきた中東の大国で何が起きようとしているのでしょうか?

トルコのEU加盟交渉

トルコが位置するアナトリア半島は、ヨーロッパとアジアの境目とされている場所にあります。トルコが両岸を領土とするボスポラス海峡とダーダネルス海峡は、黒海と地中海を結ぶ地政学上最も重要な「チョークポイント」とも言える要地の内の一つで、対岸のギリシャとともに欧州にとっての対露の防波堤としての役割を果たしてきました。また、中東へ流れ込むチグリス・ユーフラテス川の上流に位置しているため、断水によって中東の生命線を断つことも可能な位置にあり、人口は8000万人とエジプトに次ぐ大人口を擁する中東の盟主とも言える存在感を有する大国です。

そのトルコが近年、EU加盟に意欲を見せてきていました。

積極的なトルコのEUへの接近の背景には、昨年11月にロシア空軍機をシリア上空においてトルコ空軍機が撃墜したことで対露関係が大幅に悪化したことがありました。もしEUに加盟できればトルコはロシアからの経済制裁をかわすことが可能となり、トルコは何としてもEUとの関係を強化したかったというわけです。また、経済的な結びつきも挙げられます。トルコにとってのEU向け貿易への依存度は全体の4割、EUからの対外直接投資受け入れ額は全体の7割と大きいのです。欧州にとっても、低賃金雇用が可能な移民を最も多く供給するトルコは欧州国内において無視出来ない存在感を有しています。そうした中で、1923年にオスマン帝国が崩壊しトルコ共和国が発足して以降、政治に宗教を介入させることなく、欧州をベンチマークにしながら産業化によって国家発展の道を探ってきたこともあり、NATO加盟国でもあるトルコは「我々も欧州」という意識が強くなっていました。

トルコの孤独と反動

しかし、EU加盟交渉は難航を極めていきます。EUはヨーロッパの国々という条件にかかわらず、人権などの共通の価値観を共有できるならば加入が可能となっています。しかし、人権などの共通の価値観として、1)クルド人弾圧に対する人権抑圧の姿勢、2)トルコ移民とEUとの経済的摩擦、この2点がありトルコのEU加盟交渉が難航してきたのです。その結果、欧州はトルコをEUとは見ていない、と感じるトルコ国民やエルドアン大統領が、遅々として進まないEU加盟交渉に見切りをつけて、かってのオスマン帝国と同じように「イスラム回帰」に転進していきます。エルドアン大統領は「ネオ・オスマニズム(汎オスマン主義)」という言葉に代表される、イスラム的価値観に基づく「世俗化」の骨抜きを進めていくのです。ここまでが7月に発生したクーデター未遂事件勃発前までのトルコの状況でした。

この流れに逆らう形で勃発したのが今年7月にトルコで発生したクーデター未遂事件です。エルドアン大統領に反発する一部軍関係者によるもので、エルドアン大統領の進める「イスラム化」への動きと従来のトルコが採ってきた「世俗化」との対立がその出発点となっていると言われています。

226事件とトルコ・クーデター未遂事件との近似点

筆者には、その動機はしかし、もっともっと単純な話なのではないかと思っています。言うなれば、経済的な動きこそが最も大きくトルコの政治の安定性を奪いつつあるのではないかと考えています。これは日本がかって直面した帝都東京を襲った226事件にヒントがあります。

戦前、社会で軍人は最も尊敬される存在でした。しかし、その名にふさわしいお給料を世間が絶対に払おうとはしていませんでした。2・26事件が起きた1930年代は日本はデフレ不況から抜け出て今度は急激なインフレに悩んでいました。そうした中で、将校は悲惨な境遇にありました。実質はサラリーマンである陸軍大尉の婦人が長屋の薄暗い電灯の下で一心不乱に封筒はりの内職をしていたというのはよくある話だったようです。悪性インフレ下では恩給暮らしの退役軍人はなお辛く社会への適応もできずに生活に呻吟していました。

♪貧乏少尉のヤリクリ中尉のヤットコ大尉で百十四円♪(当時の銀行員の初任給が七十円)

当時、徴兵保険の活動に多くの退役将校が従事していました。勧誘員として、退役将校が軍服を着用して訪問してくると、軍装に敬意を払いつつ家にあげてしまうわけです。そして、徴兵保険という威圧的な言葉に気圧される中で、やおら保険の書類を取り出し印鑑を押せといわれれば皆押してしまっていたようです。傍迷惑なこういう軍人自身も、内心プライドはズタボロにされていたわけで、実際は月給の問題なのに口には出せないので「世の中がわるい!」となっていったことは容易に想像がつきます。幼年学校を出ても銀行員の初任給以下で長年呻吟し鬱屈する青年将校たちが国家改造を唱えて決起したというのが226事件というクーデターの真相だと考えています。

翻って、トルコも同様の悪性インフレに苦しんでいる状況です。

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どうも、異常に高い自己意識と異常に低い社会からの評価のギャップが、高級将校から青年将校にいたるトルコの将校たちを狂わせてしまった、というのが真相なのではないだろうかと考えています。

このクーデターが失敗に終わってトルコでは通貨の暴落と相俟ってますますインフレが高進しています。軍の不満と暴発の危険度は高まっているのではないだろうか?とも思えてしまいます。そして、このトルコの状況は他の中東諸国でも似ているところがあります。原油価格の下落によって財政難であるサウジアラビアやヨルダンといったアラブ諸国でも同様の軍内部での崩壊の種をインフレが撒きつつあるように思えてなりません。サウジアラビアは聖地メッカを抱え、アラブの盟主でありイスラム教の正統を誇示する国ですが、実態では一部が潤う、国家としての基盤が極めて脆いことがあるからです。当分、トルコ以上にその他の中東諸国での軍部の動きから目が離せません。

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